2013年5月7日~16日
                         トルコ世界遺産紀行旅行

 行程
       5月 7日~8日   関西空港~イスタンブールトロイ~チャナッカレ

      5月 9日     チャナッカレ~ベルガマ~イズミール

      5月10日     イ ズミール~エフェソス遺跡~バムッカレ

      5月11日    バムッカレ~コンヤ~カッパドキア

     5月12日     カッパドキア観光

     5月13日     カッパドキア~アンカラ~イスタンブール

     5月14日~15日  イスタンブール観光

       5月16日       帰国


大阪まで名古屋から近鉄ワイドビューで難波まで南海電鉄のラビートBに乗って空港まで

集合時間関西空港20:30分・・トルコ航空22時30分イスタンブールへ

初めて見た鉄仮面のようなラビートB空港まで1100円乗り心地は最高
空港へ早くついてしまったな~まずは空港内で回転ずしで夕食
ぶらぶら空港内のショッピングを見て回る、さすが関空遅くまでやっているよ。

   

   トルコの歴史 

 ローマ時代紀元前B・C6000年頃~BC133年


 ヒッタイト・フリギア・リデイア・ペルシアベルガモン」とさまざまな民族や王国がアナトリアを支配した。

            

  ローマ時代以前B・C133年~395年

  地中海地方を統一したローマ帝国がアナトリアの大部分を属州とした

            

 ビザンチン帝国時代 395年~1071年

  ローマ帝国が東西に分裂し、アナトリアは東ローマ帝国の一部に。
 その後西ローマ帝国は滅亡し、東ローマ帝国はキリスト教とギリシャ文化を柱にして存続。
 ビザンチン帝国と呼ばれるようになった。

           

 セルジューク朝時代 1071年~1243年

  イスラム化したトルコ族が11世紀中頃セルジューク朝を興す。
 その後アナトリアに進出してビザンチン軍を破りセルジューク朝を建国。
 首都をコンヤに置いた。

            

 オスマン帝国時代

 セルジューク朝がモンゴル軍に敗れた後同じトルコ族のオスマントルコ族が台頭。
 コンスタンティンーブルを攻略してビザンチン帝国を滅亡に追い込んだ。

            

  共和国時代 1922年~

  オスマン帝国が第一次世界大戦で敗れ国家存続の危機となるがアタシュルク率いる
 トルコ国民党がギリシャ軍を 撃破スルタン制を廃止し、
 アンカラを首都とするトルコ共和国を成立する。
    

時計の針を6時間戻す。明け方4時30分イスタンブール到着1時間早くついてしまった。
早速空港内で10000円トルコリラに交換  171TL 役58円といったところかな

トルコ8日間お世話してくださるトルコ人のガイドのアイちゃんと合流、
アイちゃんは足を痛めたようで片足びっこひいていた大丈夫かな。

リムジン大型バスで17名の参加者と添乗員と現地ガイドさんとのトルコの旅です  さ~~出発

7:40分                                                                                         

    
休憩所でトルコのチャイを飲む        トルコの街は犬や猫が多い
  
  
                          ミニ動物園があったよ  
10:10休憩
                    
 ビスタチア売りのおじさんと    フエリー乗り場前で子供と  10:40早めの昼はトルコ風ハンバーグ


ダーダネルス海峡もしくは、チャナッカレ海峡は、地中海につながる
エーゲ海と黒海につながるマルマラ海を結ぶ海峡                       
                                          
11:20分フエリーに乗る1時間
     

トロイまでの道は素晴らしい景色で飽きない
    

トロイの木馬と遺跡

現在までの調査によると、イリオスの遺跡は9層から成り、シュリーマンが
『イーリアス』当時のトロイアのものだとした第2層Gは、
紀元前2500年から紀元前2200年のものだということがわかった。
第I層、すなわち最初の集落は紀元前3000年頃に始まっており
、初期青銅器時代に分類される。
第2層は、エーゲ海交易によって栄えたと考えられており、
トロイア文化ともいうべき独自の文化を持っていた。
城壁は切石の下部構造を持ち、入り口は城壁を跨ぐ塔によって防衛されている。
しかし、その後繰り返し破壊の憂き目を見ており、発展的状況は認められない。
出てきた遺跡物や財宝は発見した」シュリーマンが持って行ってしまったといわれています」。


12:40分入場料は15TL  (ツワーは込

      
                                     トロイの木馬
    

    

トロイの木馬は修復作業が何か月も続いていた。
今回の旅行でも、まだ木馬は修復中で覆いがかぶさって見る事はできないと言われていたが、

なんとです現地に着くとトロイの木馬が出向かえてくれたではないか。
しかしま~~この木馬なんかかわいいね。

トロイ~チャナッカレ 
3時半ごろチャナッカレに到着した。
ホテルのチエックインの時間が早いのでホテル前のkipaというスーパーで買い物タイム

 
ここで数箱土産用にチョコレートを買った。

チャナッカレコリンホテル

   
夕方から大雨になる、明日は天気になるかな~~

ここのコリンホテルの食事はとてもおいしかった。
ハマムやプールもあったけど疲れたし早々とベットに入りおしゃべりして過ごした。


5/9日  チャナッカレ~ベルガマ~イズミール
8時コリンホテルを出発

ベルガマまでの距離225km 約4時間 とにかくトルコは広くて平地が多く羨ましい限りだ。

   
                                   11時トルコ石のお店に立ち寄る、ここのトイレはトルコブルーだよ

  

                      昼食はトルコ家庭料理

ベルガマ遺跡 アクロポリス神殿
アレクサンダー大王の死後、引き継いだフィレタイロスが築いたペルガモン王国の都、
アクロポリス遺跡は、ベルガマの街並みを一望出来る。
他にも、大劇場やトラヤヌス神殿など、ローマ時代の歴史的建造物が立ち並ぶ。
1860年代、ドイツの建築家カール・フーマンにより遺跡群は発見され、
出土品の多くはベルリンのペルガモン博物館に収められている。


アクロポリス神殿入場料20TL(旅行費込) 12時50分

   
ロープウエーに乗るころに大雨、強風で傘の骨が折れてしまった。
  
でも神殿に着いたら晴れたよ神がかりだね。ここから見える景色は最高
アクロポリスは高いところ、城市という意味だそうです。確かギリシャにもこんな名前の神殿が

  

アスクレピオン神殿  14時30分  15TL(ツワーは込)

ギリシャ東部、エーゲ海に浮かぶコス島の北東部にある遺跡。
古代ギリシャの医術の神アスクレピオスの聖域であり、
医師ヒポクラテスが創設した治療院、医学校があった場所と考えられている。
ドリス式、イオニア式の神殿のほか、古代ローマ時代に造られた浴場の跡などが残っている
  アスクレピオスは、ヘレニズム時代から活躍した治療神・病気治しの神     

  

 郵便局                   入口         聖なる道道後ろの山はアクロポリス神殿

    
患者がこの通路を歩いていくと上にいる医者が神の声として助言するそうです。    北側回廊跡の柱列           円形劇場あと

心理療法も行っていた。

ベルガマ~イズミール  98km 1時間30分
   

    
17時50分イズミール到着

今晩はヒルトンホテル31階がお部屋
部屋から見る夜景は素晴らしい。
ヒルトンだけあって素敵なホテルだけど夕食はなんかおいしくないな~~
雨がまた降ってきたので街に行く気にもなれない。一緒のツワーの人達はビールを買いによく出ていくよ~~
今日もよく歩いたな~~トルコのお天気は気紛れだ天気予報は当たらないから気にしない事にしょう。

ホテル内のお土産売り場のお店でトルコ石のブレスレッドを光子さんとおそろいで購入
海外旅行初めてのトラベルカードで支払う。



5/10  イズミール~エフエソス~バムッカレ

聖母マリアの家

現在のエフェソスは、トルコの小村アヤソルクの一部である。
世界最大級の大規模な古代都市遺跡の他に、アルテミス神殿の遺跡、
イエスの母マリアが晩年を過ごしたといわれる地に建てられた礼拝堂『聖母マリアの家』、
聖ヨハネ教会、考古学博物館などがあり、トルコの重要な観光地の1つになっている。
世界遺産には登録されていない。『聖母マリアの家』には、バチカンからの代表者が毎年参拝するほか
歴代のローマ教皇も訪問している。


8時45分
入場
早朝なので比較的すいていました。
トルコはイスラム教徒が多いのにマリア様はなぜ晩年住んだんだろう

 入口    お土産屋が並ぶ       願い事の書いた布   聖母マリアの家、今は教会 
    
 3つの聖なる泉   
        聖母マリアの象      ローソクを備えて

エフェソス遺跡  9:30分
エフェソスはヘレニズム都市として栄えたが、紀元前2世紀に共和制ローマの支配下に入り、
小アジアの西半分を占めるアシア属州の首府とされた。
現在残るアルテミス神殿の遺構はローマ時代に建てられたもので、
巨大な図書館と劇場を備えていた。

     
                          ヴァリウスの浴場跡         エフェス都市遺跡
      
                                                        勝利の女神ニケ のレリーフ
     

                セルスス図書館              大劇場
               

     
     ハドリアヌス神殿                                                

アルテミス神殿
トルコ共和国 エフェソスにあるアルテミス神殿の風景。
残骸を積み上げ、柱がいくらか復元されているが、原形をとどめていない

11:15分
一本の柱しか残っていない、柱の上には鷲の巣になっていた。
ここの見学はさ~~っとみるだけ、笛を売っていたおじさんがいたので1本お土産に買う

    


 11:50分  革製品ショーとショッピング
                                  
                         

 ここは革製品のお店 ツワー客の中には革コートを買っていたな     

 1時間ほど革製品のお店でぶらぶら買わない人には苦痛の時間

13:20分 



お昼は魚、魚嫌いの私はほとんど食べられないよ 

エフエソス~バムッカレ 215km3時間の旅

    
美しい景色が延々と続くトルコの国土は広く広大な台地だ、
時折牛などが放牧されていたりゆったりとした時間が過ぎていく。

  ヒエラポリス 17:00 
トルコ南西部にあった古代都市。温泉保養地パムッカレの丘の上に位置する。
紀元前2世紀、ペルガモン王国のエウメネス2世により建設。
古代ローマ時代の後1世紀から2世紀にかけて建造された円形劇場、共同墓地、公衆浴場などの遺跡がある。
                                   


 

   石灰棚17:20分




パムッカレとは、トルコ語で「綿の宮殿」という意味。
綿とあるのは昔からこのあたりが良質の綿花の一大生産地であることによる。
二酸化炭素を含む弱酸性の雨水が台地を作っている石灰岩中に浸透し、
炭酸カルシウムを溶かした地下水となる。
その地下水が地熱で温められて地表に湧き出て温泉となり、
その温水中から炭酸カルシウム(石灰)が沈殿して、純白の棚田のような景観を作り出したものである。



   


うわ~~思わず声が出てくるほど綺麗な景色

 

  
   石灰棚の下に見えていた池

HOTERU  リカス・リバー・サーマル

    
19:45分やっと夕食だ

夕食を済ませてから水着を着て温泉に入る日本の温泉と違い少しぬるい。
温かい湯があるところは韓国の旅行者に占領されて入る隙間もない。
同じツワーの方に隙間を譲ってもらい強引に光ちゃんと割り込んだよ。


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バムッカレ~カッパドキア

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